要点・ 全国どこにでもある「裸木造密集市街地」での火災
・ 準防火地域に指定された後もあまり更新が進んでいない町並み
・ 「消防力」は特別低いわけではない地方都市
・ 「強風下」での延焼(飛び火・火炎伸展)
・ 開口部からの延焼
・ 延焼遮断に貢献した準耐火建築物、耐火建築物、土蔵造
・ 準防火地域に必要なのは燃え抜けにくい建物であり木造でも可能
はじめに 平成28年12月22日(木)午前10:30頃、どこの街にもあるごく普通の中華料理店から出火した火災は、強風にあおられて、約150棟、40,000uが消失する市街地火災となりました。隣県からの応援も含めて、約1,000名による消火活動により、約11時間後に鎮圧、約30時間後に鎮火しました。この大火は、全国でみてもここ20年で最大規模、糸魚川では約80年振りであり、住民、消防、建築関係者の誰も経験したことがない規模の火災でした。
木造建築が密集していた地域であり、当日、何が起こったのかを知るために、翌日の23日(金・祝)と警察・消防による現場検証のための規制線がとれた26日(月)に糸魚川へ向かいました。
新聞やテレビではコメンテーターの方々がそれぞれの立場でコメントされており、「木造密集市街地」「強風」「消防力」の3つがポイントだったとされています。このうち、「強風」は私たちがコントロールできるものではありません。また、「消防力」も糸魚川市が特別低かったとは思えず、いつ起こるかわからない大火のために現状の消防力を増強するのも現実ではないと思います。そうなると、「木造密集市街地」をどうするかがポイントではないかと思います。
「木造密集市街地」であったため燃え広がったとのコメントも見受けられますが、木造という言葉はとても広い意味で使われており、ここで言われているのは防火的な措置をほとんどしていない“裸木造”ではないかと思います。
大火が起こった地域は準防火地域 地震と異なり火災はほとんどの人が経験したことがない災害ですが、建築基準法では、防火規制は、構造(耐震)規制と並んで重要なものとなっています。今回、大火が起こった地域は準防火地域の規制がかかっています。市街地火災時に建物間の延焼速度を緩慢にするために、2階建て住宅では延焼のおそれのある部分(隣地境界線及び道路中心線から1階は3m以内、2階以上は5m以内の部分)の外壁・軒裏は防火構造、窓・玄関戸など外壁開口部は防火設備(アルミ防火戸や鋼製シャッター等)が求められます。また、3階建て住宅は準耐火建築物とすることが基本となっています(準防木三戸などの措置もある)。ただ、大火があった地域に、準防火地域の規制がかかったのが昭和35年であり、それ以前に建築された建物(裸木造)の割合が多かったのではないかと思います。事実、燃えなかった周辺市街地の90棟の建物を外観調査したところ、敷地一杯に建っているにもかかわらず、約7割の建物の外壁開口部に防火設備がなく、軒裏も防火措置がされていない裸木造と思われる建物でした。すなわち、今回、火災が起こった市街地は「木造密集市街地」というよりは、「裸木造密集市街地」といったほうが正確ではないかと思います。
法令通り更新が進んだ町並みであれば もし、準防火地域に要求される性能通り、2階建ては外壁・軒裏を防火構造、3階建ては準耐火建築物(ともに延焼のおそれのある部分の外壁開口部は防火設備)としていればどうなっていたでしょうか。準防火地域の指定は、市街地火災時の建物間の延焼速度を緩慢にするために、燃え抜けにくい建物(すなわち延焼しにくい建物)で街を構成することを目的にしています。今回ほどの強風下では火炎が風にあおられて伸展するので、どの程度効果があるかはよくわかりませんが、受害側が一定時間燃え抜けない外周部材であれば、少なくとも今回ほどの速度で延焼することはなかったのではないかと思います。出火店舗の裏側(東側)には、道路幅約3mの両側に裸木造が密集している地域が広がっており、この地域の建物間の延焼が緩慢になり、既存の消防力で対処できていれば結果は変わったのではないかと思います。ちなみに、この地域に3階建ての準耐火建築物が建っており、その建物は延焼をまぬがれていました(上記写真の右側の建物)。
このように既存の「消防力」で対処できる可能性を高めるためにも、市街地の建物が建築基準法レベルに更新されることがまずは大切なことではないかと思います。これは新築でも改修でも同じです。改修では、外壁・軒裏・開口部を改修するのは費用もかかりなかなか難しいと言われます。しかし、既存の建物の外壁を調査すると、古いものは土塗り壁(40〜95mm厚)、比較的新しいものではモルタル20mmや窯業系サイディング14mmにせっこうボード9mmなど、防火構造以上の性能をすでに持っている建物も多そうなため、残る開口部と軒裏が改修のポイントになると思います。開口部は防火戸に取り替えるか、難しい場合は、ガラスだけでも防火ガラス(網入りガラスや耐熱強化ガラス等)にする。軒裏が木材あらわしの場合は、少し手を入れれば防火構造以上の燃え抜け抑制性能を有する防火措置が加熱実験で確認されており外観意匠を変えずに防火性能を向上させることも可能です(具体的には次回以降に紹介します)。
このように、建物を防火的にすることは火災が大きくなった後に建物間の延焼をくいとめることにつながりますが、それ以前の出火防止、早期発見、初期消火(必ず3点セット)に住民が意識して取り組むことが、もっとも重要であることはいうまでもありません。
法令通りにつくれば延焼しないのか さきほども述べたとおり、準防火地域は市街地火災の延焼速度を緩慢にするために、建物に一定の燃え抜け抑制性能を求めた地域です。2階建ての外壁・軒裏に求められる防火構造は30分、3階建てに求められる準耐火構造は、45分(屋根は30分)の延焼防止です。30分の延焼防止性能があれば隣家が激しく燃えている時間をやり過ごせると想定されていますが、外壁開口部の防火設備だけはどのような建物でも20分の延焼防止性能です。今回も建築基準法の規定に沿って建築された建物へ延焼していますが、おそらく開口部から室内へ延焼したのではないかと予想します。これは鉄筋コンクリート造も例外ではなく、開口部から室内へ延焼した建物が多数ありました。ただ、延焼速度は一時的に小さくなったと思います。一方、延焼した市街地の中に、一棟だけ延焼をまぬがれ、ほぼ無傷で残った木造2階建て住宅がありました。敷地の東南北側に大きな空地があったことと、約2m離れて隣家が建っていた西側の開口部が防火設備でかつ小さかったことが幸いしたのではないかと思います。特に風上の南側の空地が大きく、さらに空地の先にあった酒蔵の土蔵造の建物が最後まで崩壊せずに建物形状を保ったため風上からの飛び火をブロックしてくれたのではないかと思います。
外壁・軒裏を燃え抜けにくくし、外壁開口部から延焼しにくように、隣家と距離が近い場合は窓を小さくしたり、隣家の窓と向かいあわないようにずらしたり、また、可能な限り距離をとることが延焼を抑制または遅延するポイントといえるでしょう。
飛び火対策はどうすればよいか 外壁・軒裏・開口部を強化して、隣家からの延焼を抑制できても、今回のような強風下では、飛び火が大きな課題になります。事実、強風にあおられて、燃えている部材(野地板などでしょうか)が火の玉のように飛んでいたとの証言もあり、これが屋根に着床し屋根材の隙間から野地板に延焼したり、金属板裏面の温度上昇により野地板に着火したと考えられます。建築基準法では、準防火地域の建築物の屋根は不燃材料で葺く(告示)または飛び火の大臣認定を取得したもので葺くことになっています。ほとんどの建物がこれには適合していたと思います。ただ、飛び火の大臣認定のための性能評価試験では、大きな火種と強風下を想定して試験方法が考えられて性能検証されていますが、告示で規定されている瓦や金属板はこれまであまり実験的な検討がされていないのが実状と思います。今回、もしこれらが課題であったのであれば、今後、これらを解決するための技術開発が必要ではないでしょうか。
おわりに 今後、研究機関や学会等で調査が行われ、課題の抽出や対応策の検討がおこなわれると思います。今回、大火が起こった市街地は、特別なものではなく、全国に多数ある木造密集市街地と同じような建物構成・配置と道路状況(道路幅が狭い)になっています。今回の教訓を他に活かせるように情報の公開・共有が重要と思います。
最後に、再興にあたってですが、準防火地域に必要なのは、防火構造の建物、準耐火建築物、耐火建築物など延焼を抑制または遅延する建物です。現在の技術を持ってすれば、それらは鉄筋コンクリート造や鉄骨造だけでなく木造でもつくることができます。特に、木材を太く・厚く使えば、あらわしにしながら防火構造や準耐火構造とすることもできます。すなわち、火災前の雁木や木材あらわし軒裏、真壁造の外壁をあきらめることなく、防耐火性能を向上することも可能であり、伝統的な風情ある町並みと防災の両立は可能と思います。
是非、地元の方々に既存の防耐火技術を知っていただき、復興に活かしていただければと思います。私たちも木造防耐火の専門家として協力できることは積極的にさせていただければと思います。
一日も早い糸魚川の復興を心よりお祈り申し上げます。
平成28年12月31日
桜設計集団 安井昇
posted by TEAM SAKURA at 14:13|
木造防火